私は時々、ふと思う
戦野で血を流し
斃れた兵士たちは
白い鶴になり羽ばたくのだと

鶴になって飛ぶ彼らは
遥かな日々から呼びかける
“なぜ悲しむことがあろうか?
ただ空をさすらうだけだ“



疲れた羽で楔をなして飛ぶ
ひがな霧の中を飛ぶ
あの群れの中の小さな隙間が
きっと私の場所なのだ!

一日中 鶴の群れと共に
私も濃い霧の中へ
空の中で呼びかける
地上に残した君たちに

(1)
Мне кажется порою, что солдаты,   
С кровавых не пришедшие полей,  
Не в землю нашу полегли когда-то,
А превратились в белых журавлей.

Они до сей поры с времен тех дальних 
Летят и подают нам голоса.      
Не потому ль так часто и печально  
Мы замолкаем, глядя в небеса?    


(2)
Летит, летит по небу клин усталый   
Летит в тумане на исходе дня,     
И в том строю есть промежуток малый  
Быть может, это место для меня!   

Настанет день, и с журавлиной стаей 
Я поплыву в такой же сизой мгле,   
Из-под небес по-птичьи окликая   
Всех вас, кого оставил на земле.   
Журавли(鶴)
1969年頃に出来た曲で、ロシア南部のコーカサス山脈の入り口というべき地帯にあるダゲスタン共和国出身の詩人ラスール・ガムザトフが作詞し、多くの愛国歌を作ったユダヤ系作曲家ヤン・フレンケリが曲を作ったものです。日本でもダーク・ダックスが紹介して人気を得ました。
 
詩は、はじめから歌にすることを意識しておらず、ガムザトフが原爆を落とされた広島市に出かけたときに得たインスピレーションもふまえ、戦争で斃れた人々をしのぶ内容を鶴にたくして詩作したもののようです。
 
広島では、亡くなった方々を悼み折鶴をよく作って飾るので、そこからもヒントを得たものかもしれません。しかし、ガムザトフの出身地も、1941年冬から43年春にかけて奥深く攻め込んだドイツ軍との間に激戦が繰り返された地方で、ソ連軍と住民に多大な犠牲を出して奪還された地方です。多くの村が焼かれると共に、戦いの中で、旧ソ連のいろんな地方出身の兵士たち、コサック兵たちが死んでいきました。
 
ドイツの戦記文学「バルバロッサ」(パウル・カレル著)には、こんなエピソードが紹介されています。ダゲスタン北方のドン川でソ連軍が歩兵部隊を大量に繰り出してドイツ軍陣地を攻撃した時のことです。凍結した川の上を肩も接するばかりに密集したロシア兵たちは、銃剣を突き出して歩きながら歌を唄ってドイツ軍の機関銃座に向かってきました。死の恐怖を吹き飛ばすために高唱していたのですが、地を揺るがすような歌声に陣地を守るドイツ兵たちの心胆を寒からしめました。しかし、容赦なく機関銃が火を吹くと、バタバタとロシア兵は倒れ氷の上が血で染まったといいます。それでも歌に励まされたロシア兵たちは仲間の死体を乗り越えてドイツ軍陣地に飛び込み、銃剣とスコップやナイフ、棒切れで白兵戦を演じドイツ軍を川岸の陣地から追い出しました。この地方では、住民の多く、それも少年や老人たちが兵士と共にありあわせの武器をもって突撃してきたと元ドイツ兵が証言しています。
 
自分が生まれ、育った地方が戦場になるというのは、恐ろしいことです。こうした痛みがわかるからこそ、ガムザトフは広島で思いをいたすことがあったのでしょうね。
 
埋め込み映像は、若手オペラ歌手ドミトリー・フヴォロストフスキーのものです。

「鶴」(Журавли)

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