勝利の日 遠い日々の
焚き火の燃え残りみたいに
かすんだ記憶だけど
いまその日が またよみがえる

勝利の日
硝煙のにおい
それは祝うべき日
白髪まじりの頭
それは喜び
瞳をぬらす涙
勝利の日!
勝利の日!
勝利の日!



昼も夜も 戦火の中で
祖国に尽くした
昼も夜も 苦しい戦いを続けた
いまその日が またよみがえる



ただいま、ママ 戻らぬ友もいるが
素足で朝露の中を歩いてみる
ヨーロッパ、地球の半分を歩いた
いまその日が またよみがえる
(1)
День Победы, как он был от нас далёк,
Как в костре потухшем таял уголёк.
Были вёрсты, обгорелые, в пыли, —
Этот день мы приближали как могли.

★Этот День Победы
   Порохом пропах,              
   Это праздник                
   С сединою на висках.           
   Это радость                 
   Со слезами на глазах.           
   День Победы!                
   День Победы!                
   День Победы!                


(2)
Дни и ночи у мартеновских печей
Не смыкала наша Родина очей.
Дни и ночи битву трудную вели —
Этот день мы приближали как могли.
     (★くりかえし)

(3)
Здравствуй, мама, возвратились мы не все…
Босиком бы пробежаться по росе!
Пол-Европы, прошагали, пол-Земли, —
Этот день мы приближали как могли.
     (★くりかえし)×2
День Победы(勝利の日
この曲は、1975年、ソ連の対独戦勝30周年記念に向けて作られたものです。当時、ソ連作曲家同盟では、国営テレビ・ラジオ局が呼びかけた記念曲の制作に有名作曲家を中心に取り組んでいました。

その中で、当時35歳と若かったダヴィド・トゥフマーノフが詩人のハリトーノフと組んで作った「勝利の日」もあったのですが、新進作家ということであまり相手にされなかったそうです。しかし、試演公開されると参戦経験者から圧倒的支持を受け、レフ・レフチェンコが巧みに唄ったこともあってすぐに流行し、その年の戦勝記念日を代表する曲となりました。いまや、ロシアをはじめ旧ソ連邦諸国で知らない人がいないほど愛される曲になっています。

 いまでも毎年5月9日の「対独戦勝記念日」には、旧ソ連諸国の行事でこぞって演奏されています。埋め込み映像はソ連陸軍アレクサンドロフ記念アンサンブルによる1976年演奏(チャイコフスキーホール)のもので、ソリストは現在もこの歌を愛しながら活躍しているエドゥアルド・ラブコフスキー。

「勝利の日」(День Победы)

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