陽のあたる野原で
若い兵士ガニコニコと
村娘のタリャーノチカに
愛を語りかける
暑かった夜に
恋人に別れを告げたことを
綺麗なハーフ・ショールを
手渡したことを

さあ、話せよ 若いの!
タリャーノチカのことを
綺麗で賢そうな
黒い瞳のことを




激しい戦闘が続く日々も
若い兵士はタリャーノチカの許へ
星の輝く暗い夜も
彼の心は落ち着かない
そこで誇り高い彼女は
兵士を見つめ きっぱり言った
「勲章をもらって 戻ってきて
そしたら またお話しましょうよ」




タリャーノチカの言葉を胸に
兵士は戦火の中でがんばった
豪胆に戦う若い兵士は
やがて勲章をもらうことに
兵士の喜びを知らす手紙は
遠い雪原の彼方から
知らせを待つ娘の村へ
勲章を約束した娘の許へ
(1)
На солнечной поляночке,
Дугою выгнув бровь,          
Парнишка на тальяночке
Играет про любовь.
Про то, как ночи жаркие
С подружкой проводил,
Какие полушалки ей
Красивые дарил.

★Играй, играй, рассказывай,
   Тальяночка, сама
   О том, как черноглазая
   Свела с ума.
         (★くりかえし)


(2)
Когда на битву грозную
Парнишка уходил,
Он ночью тёмной звёздною
Ей сердце предложил.
В ответ дивчина гордая
Шутила видно с ним,
Когда вернёшься с орденом,
Тогда поговорим.
         (★くりかえし)×2


(3)
Боец средь дыма, пороха
С тальяночкой дружил.
И в лютой битве с ворогом
Медаль он заслужил.
Пришло письмо летучее
В заснеженную даль,
Что ждёт, что в крайнем случае,
Согласна на медаль.
          (★くりかえし)×2
※(1)くりかえし
          (★くりかえし)×3
На Солнечной Поляночке
(陽のあたる野原で)
戦時中に数々の名曲(「波止場の夜」「うぐいす(前線にも春が来た)」等)を生み出したワシリー・パブロヴィッチ・ソロヴィヨフ−セドイ(1907〜1979)が1943年に作った民謡風歌曲。戦場近くの村で出会った若い兵士と黒い瞳の娘が楽しく語らう様子、兵士が部隊でわくわくと娘との逢瀬を話すさまを明るく謳いあげた歌曲で、戦場でも一番人気を誇ったといわれます。別名「タリャーノチカ(Тальяночка)」とも呼ばれ、親しまれている曲です。

最近、ロシアのサイトに載った記事でカレリア戦線からベルリン攻防戦まで転戦した高射砲部隊の元女性兵士がインタビューに答え、「戦いの合間に唄った曲で多かったのは、『暗い夜』や『青いプラトーク』はもちろんだけど、『陽のあたる野原で』が一番よ」と語っていました。歌詞の流れが、暖かな季節の語らいから、勲章をもって戻ることをタリャーノチカに約束した兵士の手紙が寒い冬の遠い戦線から届くところまで移ろっていくことで、ソ連軍の反撃が進捗し勝利の近さを物語って、歌を聴いたり唄うものを励ましたりする内容が織り込まれていることが、参戦軍人に印象を残しているのでしょう。

埋め込み映像は、ポップス歌手タチアーナ・ブラーノヴァによるもので、彼女はこの曲を持ち歌として、コスチュームにも凝って大事にしています。ちなみに私たちのグループ名、森の中でこもれ陽を集める野原を意味する「パリャーノチカ(Поляночка)」は、この歌から発想を得ています。

「陽のあたる野原で」

(На Солнечной Поляночке)

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